【 今月のお知らせ 】2026年9月

東京土建台東支部から、お知らせ、イベント、お得な組合員特典など、今月の情報をお届けします。

事業所ニュース配信中!

事業所向けに、制度改正や業界情報、各種手続きなど役立つ情報を随時発信しています。
「最新情報を見逃したくない!」という方は、ぜひご活用ください。


お得な【 特典・割引 】

台東支部では組合員むけに、さまざまな特典や割引サービスを行い、福利厚生に役立てていただいております。
ぜひご活用ください。


9月・10月は「秋の組織拡大月間」!
台東支部からのお知らせ

東京土建台東支部では、9月・10月の2か月間を「秋の組織拡大月間」として、仲間を増やす取り組みを進めます。
建設業界では、資材不足や価格高騰、処遇改善など、まだまだ多くの課題があります。組合員のみなさんの声を聞きながら、下請業者や一人親方など、まだ組合に加入していない仲間にも東京土建のことを知ってもらえるよう取り組んでいきます。


東京都へのハガキ要請にご協力ください

8月~9月にかけて、東京都へのハガキ要請行動に取り組みます。
東京都からの補助金は、組合員のみなさんの健康保険料にも直結する大切なものです。
昨年も多くのハガキを寄せていただきました。今年もご協力をお願いします。
9月20日に支部から東京都へ投函しますので、ハガキは支部へ集約してください。


千葉大雨に被災された方は保険料免除があります


舎人公園でBBQを開催!


秋の健康診断を開催します

平日は忙しくてなかなか休めない・・
そんな方には、ぜひ日曜日開催の健康診断をおすすめします。


無料法律相談もご利用ください

法律に関する困りごとについて、無料法律相談を行っています。

  • 日時:9月24日(木)、10月8日(木)、10月22日(木)
  • 時間:いずれも14:00~
  • 対象:組合員のみなさん
  • 費用:無料
  • 予約:事前に支部へご連絡ください。

中央ろうきんの〈お知らせ〉

今月は「教育ローン」をご案内します。ろうきんの教育ローンは、入学金・授業料のほか、受験料や学用品の購入など幅広い教育費に利用できます。また、奨学金を利用中の方は「奨学金ローン」への借換えで返済負担を抑えられる場合もあります。進学・進級に備え、お早めにろうきん荒川支店へご相談ください。

東京土建台東支部の機関紙「たいとう」2026年9月号の記事をご紹介します。記事タイトルをクリックすると全文をご覧いただけます。

原水禁世界大会

平和を恒久的なものに ~被爆者の体験談が印象的だった~

8月4日から6日までの3日間、広島で開催された原水爆禁止世界大会に台東支部より3人を参加派遣しました。
原爆投下から81年が過ぎました。世界に目を向ければ、ロシアがウクライナへ侵攻して5年、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への軍事侵攻が3年を経過、解決の糸口は見えてきません。平和実現に向けた機運が高まる中、貴重な3日間の経験を報告します。

 

原水爆禁止世界大会 参加報告① (青年部副部長 小野塚高士さん)

今年の広島原水禁世界大会では、原爆ドームや平和記念資料館を見学し、改めて戦争と核兵器の恐ろしさを学びました。初めて原爆ドームを目の前にした時は胸が痛くなり、平和記念資料館では被爆の実相や遺品を見て、とても悲しい気持ちになり、平和は決して当たり前ではないことを実感しました。
分科会では、午前にさまざまな団体による平和への願いを込めた合唱を聴き、午後はグループに分かれて交流会が行われました。立場や世代の違う参加者と交流し、平和について考える貴重な機会となりました。
また、4歳で被爆された伊藤正雄さんのお話も大変印象に残りました。「憎しみや敵討ちからは平和は生まれません。愛と赦しあいの思いで、多くのお友達を作る事こそが平和の原点です」という言葉が心に深く残りました。
広島から帰宅すると、子どもが笑顔で「おかえり!」と迎えてくれました。その何気ない日常こそが平和なのだと実感し、この平和な時代を次の世代へ受け継ぐためにも、核兵器のない世界を目指し、平和を守り続けていかなければならないと強く感じました。

原水爆禁止世界大会 参加報告② (副執行委員長 吉田光仁さん)

原水爆禁止世界大会は、昨年の長崎、今回の広島で2回目の参加でした。2026年世界大会に参加して、いろいろな話を聞き改めて平和について考えさせられました。原爆についてなんとなく知っているつもりでしたが、実際に被爆者の方の話を聞くと感じ方が違いました。
8月6日のヒロシマデー集会で4歳の時に爆心地から3.2kmの自宅前で3輪車に乗って遊んでいる時に被爆した伊藤正雄さんの忘れられない記憶が印象的でした。傷を負った犠牲者が伊藤さんの家に避難されてこられ、次々と亡くなっていき、なんとも言えないにおいと、近くの空き地に荼毘にふされ、焼かれる光景は嫌な思い出として脳裏に焼き付いているそうです。
今回参加して核兵器の問題は昔話ではなくこれからの子供達や自分達の未来にも関係する大事な問題だと思います。私の参加した分科会では、歌で平和を訴えていく活動をしている団体でした。とても素晴らしいと思いました。
2年連続で派遣していただいたことで、現地でしか感じることのできない事実があったと思いました。ぜひ来年以降、別の方にも参加していただきたいです。

原水爆禁止世界大会 参加報告③ (書記局 國本泰成士さん)

今年、私は初めて原水爆禁止世界大会に参加しました。私は広島出身であり、心のどこかで「知っている内容ばかりだろう」「見慣れた風景や展示が続くだけだろう」と思い込み、当初は大きな期待を抱いていませんでした。しかし、2日目の分散会に参加したことで、その考えは大きく覆されました。
私が参加した分散会は「青年のひろば」で、被爆者の方が当時の体験を語ってくださる場でした。お話をしてくださったのは、河野キヨ美さん。被爆当時14歳でした。キヨ美さんは、写真や絵を用いながら、入市した際に目にした惨状を語ってくださいました。
特に私の心に深く刻まれたのは、市内に倒れたまま息絶えた人々の姿です。町中に散乱するおびただしい数の遺体。目は飛び出し、腹からは内臓がこぼれ落ち、卵焼きのようになっていた――そのあまりにも生々しい描写に、言葉を失いました。キヨ美さんは「目を背けると踏んでしまうから、背けることもできなかった」と語り、凄惨さが胸に迫りました。
被爆者の方の言葉には、体験した人にしか語れない重みと迫力があります。小学生の頃にも被爆体験を聞く機会はありましたが、今回の話は、年齢を重ねた今だからこそ、より深く戦争と原爆の現実に向き合うきっかけとなりました。
私たちの世代は、被爆者の方々から直接話を聞ける最後の世代だと言われています。参加を通じて、その「最後の機会」を自分の中で確かに受け止めることができました。これからの平和活動にどう向き合うべきか、改めて考える大切な時間となりました。

2026 平和特集
復興記念館を見学して (通信員 杉本郁代)

七月、本部主婦の会で平和学習として、両国駅近くの横網町公園内にある東京都復興記念館を見学してきました。中には日米開戦から終戦後の戦災復興に至るまでの資料が展示されています。
費用を工面出来ず、子供を疎開させてやれなかった家族がいたこと、疎開先でのいじめなど知らなかったことがまだまだありました。
戦後刊行された戦没学生の手記『はるかなる山河』と『きけわだつみの声』には、苛酷な現実の中でも人間性を失わなかった彼らの良心が描かれており胸を打つと解説されており、これを読んだ私は憤りしか感じませんでした。若い彼らは犠牲となったのになにが良心の輝きでしょう。お国のためによくぞ戦ってくれたと美談にして学徒出陣を正当化し、国民に戦争は間違いではないと思わせようとする政府の策略としか思えません。遺族はどんな想いだったのか考えるだけで心が震えます。
このような本を出させてはいけない、戦争は誤ちであったことこそ後世に伝えるべきです。大正13年の大震災記念日標語に「緩む心のねじをまけ」とありました。今、政府はもちろん私達も戦争を甘く見てはいけないのです。

核兵器廃絶に向けて運動の再構築を (通信員 福田俊昭)

戦後81年、広島・長崎に落とされた原子爆弾で壊滅的な被害を受けて終戦となりました。一瞬にして多くの人命を奪い、建物を破壊する核兵器の使用は国際法違反です。とはいえ戦争となれば無意味なものになってしまいます。秩序も維持出来なくなってしまうのが戦争です。勝っても負けても加害者にもなり、被害者にもなります。
世界中では多くの所で争いが起きています。毎日のように流れるニュースに映る光景はガレキの中をさまよう市民や子供の姿です。もしもこれが日本で起きていたらと想像すると恐ろしくなります。
世の中が平和だからこそ、普通に当たりまえの生活が出来るのです。これこそが幸福なことなのです。平和な社会の建設を目指し、世界が一つになることが理想です。唯一の戦争被爆国である日本から、核兵器廃絶の運動を世界に向けて広めていかなければなりません。

他者を思いやる心はどうすれば持てる (通信員 今井彰)

今年は終戦から81年になる。戦争体験談を聞ける人が身近から少なくなった。父や母からもっと聞いておけば良かったと、今になってつくづく悔まれる。父からは南方の島に行かされた話しは聞いた様だが、良く覚えていない。終戦後間もなく警察予備隊に入隊し、自分が物心ついた頃は陸上自衛隊員だったので、あまり戦争の話にはふれたくなかったのではと思っている。
人類の歴史は戦争の歴史と言っても過言では無い。今現在でもロシアとウクライナの問題や、トランプ大統領が国際刑事裁判所々長赤根智子氏に経済制裁を科す等、横暴がまかり通っているのが実状である。自国の事ばかり考えて他国の事をないがしろにする様な人間が国のトップに存在するから、色々と問題を起こすのである。
他人を思いやる心は、どうしたらはぐくまれるのだろうか。人類にそれを求めること自体が、そもそも無理な話なのだろうか。

弱者が真っ先に切り捨てられるのが戦争 (通信員 寺山邦裕)

今年も8月15日を中心に戦争に関連した報道がいろいろとありました。「かわいそうな象」のような子供の時から何度も聞いてきた話もあれば、初めて聞くような話もありました。太平洋戦争が終わって81年もたつのに不思議なことです。それだけ傷跡が深いということでしょうか。
その中に従妹のお姉さんの記憶ということで、ノンフィクション作家の記憶をたどる放送がありました。当時東京に住んでいた作家のもとに両親を戦争で亡くした年上の従姉が引き取られた顛末が語られます。作家の方も当時は子供ですからしっかりした記憶があるわけではありません。記憶の中ではきれいなお姉さんが空襲が激しくなるに従い奇行に走るようになり、いつの間にか姿が見えなくなったというものです。
のちに両親に確認すると精神病院に入院したとのことでした。現在も残る病院には記録が残っておらず、その後はわかりませんでした。が、病院には当時の悲惨な状況が記録されていました。昭和18年までの患者死亡率はそれほど高くはありませんでしたが、その後は極端に上がっていきます。死亡原因が栄養失調・餓死なのです。
こんな悲惨なことがあるでしょうか。入院した患者は病院から出ることもできず、食料は配給されずただ死を待つのみとは。ここで私は冒頭の「かわいそうな象」を思い出し、戦争に役に立たないと判断されると容赦なく見捨てられる異常な世の中にしてはならないんだと強く思ったのでした。

国家間の争いを無くすには (通信員 平井正弘)

この間テレビのニュースを見ていたら今年で戦後80年を超えることを改めて知りました。日本は真珠湾を攻撃しました。これが太平洋戦争の始まりです。人はなぜ争わなければならなかったのでしょう。平和な世界になるように何とかしたくて、争っているようにも感じました。
私自身は戦争のない平和な日本に生まれ、今まで一度も命の危険を感じることなく生活してきました。しかし世界の人がみんな幸せに暮らしていけるわけではありません。毎日毎日を生き抜くことで精いっぱいな人達の方が、多いかもしれません。
日本は原爆を落とされた国として、戦争は絶対に駄目だと主張していかなければなりません。世界中の国の人々が協力して仲良くなれば、戦争は無くなるはずです。私はそんな日がいつか来てくれると信じて、戦争と平和についてもっと勉強したいと思います。
国同士のトラブルも戦争・紛争ではなく、平和に解決する方法を外交も含めてあらゆる手段を選択肢として、考えなければならないと思います。

94年前の、文明における大切なテーマ (通信員 杉本良信)

8月14日、NHKの時論公論で放送された、「なぜ戦争をするのか」人間が直面する大きな問いかけです。
1932年、国際連盟知的協力機関(ユネスコの前身)の依頼により、現在の文明で最も大切なテーマについて好きな相手と意見交換をしてほしい、選ばれたのはアインシュタイン、その相手はフロイト。そこで交わされたのは、「戦争論」でした。
今国際社会が抱える問題を90年以上前に物理学者と心理学者との間で、往復書簡によって交わされた内容が、日本国際連合の6月の学会で話題になったそうです。
人間には「欲求する衝動」と「破壊する衝動」があり、この2つは表裏一体である、領土、資源に対する欲求が権力者の力(暴力)によって行使される、その衝動は権力者だけでは無く市民の中にもあり、情報操作によって正しい戦争と判断、個人の財産そして国を守るという意識の中で敵を倒す「破壊する衝動」が行使される。情報操作された社会の中で何のためらいもなく参戦、それが戦争です。
それでは戦争を回避するには何が必要なのか、各国の国民ひとりひとりの文化的成熟、戦争を拒絶する平和主義者になれば権力者を拒否する国民の力(権利)を勝ち取れば、やがて戦争は無くなるかも知れない、理想論だと言う人もいます。でも、理想がなければ前進はしないのです。
幸い日本には憲法9条が有り、戦争放棄を謳っています、世界でたった一つの憲法です。81年間戦争の無い一応平和な日々が続いているこの日常が大切なのだと思います。
私の父は戦争体験者でしたが、死ぬまで戦争の話を聞いたことはありません。「有史以来良かった戦争も無ければ、悪かった平和も無い」と言った人がいます。それが本当の真実だと私は思います。

※参考書籍 講談社学術文庫 アルバート・アインシュタイン/ジグムント・フロイト「ひとはなぜ戦争をするのか」

平和の大切さを次世代に伝えるために ~戦時下における日本の動物たち~

7月12日、本部教宣部会にて平和共同取材を行いました。平和の実現には歴史から学び過去の過ちを繰り返さないことが重要です。今年は講演を聞き、認識を深め、仲間に伝えることをテーマとしました。
講演をしてくださったのは歴史教育者協議会の東海林(とうかいりん)次男氏です。戦時中「天皇がいかに尊くその神民として生まれたことはありがたいこと」と教育されていたそうです。学校は天皇の御真影を奉安殿、あるいは奉安庫内に収め、お守りしました。関東大震災の時は生徒より教育勅語と御真影を守るよう命じられ、出来なかった校長が責任を取り自殺。空襲の際はリュックに入れ安全な場所に疎開させます。
兵隊に行く者には無事に帰って来てほしいと虎の絵の千人針や千人力を表わす、力の文字を書いた国旗を持たせました。物資不足で家からは鍋、寺からは梵鐘がなくなりました。こんな話から見えてくるのは戦争の愚かさと悲惨さだけです。
犠牲となったのは人間ばかりではありません。馬は運搬に役立ちます。優秀な犬は探知や警戒をする軍犬に、鳩は通信用兵器となりました。食用、毛皮用にはうさぎ。飼い犬までが毛皮用に献納させられました。
残酷なのは中国侵略地でのシェパード犬飼育場で、死にかかった労働者を犬に食わせたり、白鼠増産計画を立て満洲国の部隊に送り人体実験に使ったという話です。戦争は人を狂わせる。国民は逆らえない。動物達は利用されるだけ。講演を聞き、平和への想いを一段と強くしました。

通信員 I・S

ライトシルバー活動報告

8月20日に日本橋三越屋上ビアガーデンにおいて、納涼会を開催しました。昼の暑さも夕方になると過ごしやすくなります。参加者は13名でバーベキューを肴に、ビール・焼酎・ワインとアルコールも進みます。
デパートの屋上とはいえ、緑や池もあり憩の場所になっています。会場は雨が降っても大丈夫なように、大きなテントが設置されており、天気を気にせずに宴会が出来ました。
お酒が入るにつれて会話もはずみ、あっという間に2時間が過ぎ、お開きの時刻となりました。皆様楽しまれたことと思います。来年も企画しますので、宜しくお願い申し上げます。

ライトシルバー 福田俊昭

サウナーのひとりごと⑦

ここ10年ほどでお洒落なサウナ施設が充実し、取捨選択の幅が広がっている。その時の気分によって好みの施設を選ぶことが出来るのは都会ならではの贅沢かもしれない。
しかし、多くのサウナーは「ホーム」と呼ばれる自分のお気に入りの施設を持っているものである。ちなみに私のホームは、お洒落でも、高級でも、人気施設でもない。語弊があるかもしれないが、郊外にあるチェーン店の温浴施設だ。正直、家族連れでも来やすい為、決して静かな空間で心を整えるといった場所では無いが、自宅から近くリーズナブルという理由とで愛用している。
仕事やプライベートなど、様々な人と接する機会があると思うが、最近はサウナが趣味という人も多くいる。そんな時に魔法の言葉があるのだ。「ホームはどこ?」このフレーズで質問をすれば、一気に距離が短くなり、打ち解けることが出来るだろう。サウナーだけに通じる挨拶。サウナって良いなぁ。

A・K

いかだレースに熱狂 仲間たちの奮闘を応援

7月19日、東京土建狛江支部青年部の仲間が参加している「狛江古代カップ多摩川いかだレース」を見学交流会と称し、台東支部青年部として応援に参戦しました。
多摩川いかだレースは、1990年に狛江市制施行20周年記念行事として、初めて開催され、多摩川を約1.4キロの距離を手作りのいかだで下ります。今大会で第34回目。夏の風物詩として定例化している、全国各地から参加者が集まる規模で、ここ何年かは、申込み上限の100チームまですぐに到達してしまい、早々に申込みが打ち切られてしまう程、人気の大会です。
狛江支部の仲間はほぼ毎回参戦しており、今回で30回目。昨年、フットサル交流会で親交が深まった狛江支部の仲間から『良かったら、来年応援に来てよ』と誘われ、今回の企画が実現しました。
当日は朝8時頃から手作りいかだの運び込み。狛江支部後継者世代の仲間たちも総出でバックアップ。10時50分の出走時間まで、緊迫した空気でした。いざ入水。スタートの声掛けまで緊張が走ります。そしてスタッフからの声掛けで一斉にスタート。
台東支部からは小野塚副部長とお子さんが土手からの応援に参加。狛江支部の仲間に最後まで精一杯大きな声でエールを送りました。
狛江支部の仲間は28分13秒。全体で71位(今回は豊島支部青年部の仲間たちも参加し、27分18秒で全体68位の結果。ちなみに1位のタイムは10分10秒)でした。腕がつりそうになりながら最後までやり遂げる姿に感動。応援した仲間全員で『お疲れ様!!よく最後までやり切った』と讃えました。
ゴール後は、狛江支部と豊島支部の参加者、応援した仲間でバーベキュー。飲食を交えながら交流を深めました。
台東支部は見学でしたが、来年のいかだレースを見据え『メーデーデコレーションも含めて今から動き出そう!』と部会で議論を進めています。部員からの発信で自ら活動を進めていく青年部を、これからも温かく見守っていただけますと幸いです。

担当書記 S

屋台気分で夕涼み あさがおフェスタ

7月4日、今年のあさがおフェスタは、17時から19時の夕涼み会として開催してみました。物作りに変わり、かき氷、駄菓子屋、線香花火が登場。さらにサプライズで用意したビールサーバーはお父さんお母さんに大好評で、話に花が咲いていました。
駄菓子のみ10円チケット制にし、どう使うか知恵を絞る子供達の姿も微笑ましかったです。線香花火は単純なようで、集中力が必要です。夕暮れの中、役員もちゃっかり楽しませてもらいました。
釣りゲームは大物を釣るのに不公平にならないように、急きょ要員の方があみだくじを考えてくれたり、子供達が大きなエプロンをして、大人顔負けの活躍でお手伝いをしてくれたりと、毎度のことながら皆さんの協力に感謝です。
夕刻にしたことで暑すぎず、時間延長の要望も出たとか。これからもいかに楽しんでもらえるか、頭をひねってまいりますので、ご家族でぜひいらしてください。

女性の会 杉本郁代

信濃路・須坂紀行 ~その2~

コンビニ駐車場内での接触事故現場で、お互いの車の状況確認をし、私が借りた車の持主にも連絡したら、保険対応になるので警察に届けて事故証明を入手する様に言われた。
相手方Y氏の言う事には、買物を済ませて車を発車させ現場まで来たら歩行者がいたためその場で停車していた。そこへ(私の車が)バックして来て接触したのだから、過失割合は0対10だと言う。
須坂署に着いた頃車の所有者Sさんから連絡が入り、昨年保険更新の時にお兄さんが亡くなり自分しか運転しなくなったため、本人だけの対象にしてしまったので今回は保険が使えないと言われ、パニックに陥ってしまった。
その後の署での行動の記憶はあいまいだが、双方共大した傷ではないため修理代も2万か3万円くらいだろうと、たかをくくっていた。
その後古城荘にて友人と、温泉・夕食を楽しんだが、最近宿泊した宿の中では一番豪華な夕食だったと記憶している。翌日は南牧村海ノ口に住まわれている高校同期生のAさん宅に伺うことにして床に着いた。

~続く~

松が谷分会 A・I

9月12日は何の日?「宇宙の日」

1992年9月12日、宇宙飛行士の毛利衛氏がスペースシャトル・エンデバーに搭乗し、日本人として初めて宇宙へ飛び立った日に由来。この年は「国際宇宙年」でもあり、一般公募によりこの記念日が制定されたそうです。
宇宙旅行が現実になるのはいつでしょうね。

松が谷分会 I・S

木洩れ日

マイケル・ジャクソンの映画を観て来ました。かっこいいのひと言です。8才にして才能を発揮し、スターへの道を歩みます。その裏でジャクソン兄弟をブランド化し、子供達を思い通りに売ろうとする父親との確執が軸として描かれていました。

特別であることを自覚していた彼は愛する友としてチンパンジー、キリン、ラマ、ヘビなどを飼います。唯一の癒しはピーターパンの世界に心を遊ばせることでした。自らの光を世界に放つべく独立した後は、次々と大ヒットを収めます。小児病棟に頻繁に通い、寄付もしていました。歌で世界平和や差別問題も訴えていました。

『ウィアーザワールド』はご存知ですか。ライオネル・リッチーと発起人になり、賛同した多くの歌手と共に、愛と平等を歌ったもので、その映像に感動したものです。同い年なので親近感があります。今こそ彼の歌が必要です。栄光と孤独の間でつらかったでしょうが、もっと生きてパフォーマンスを見せてほしかった、残念です。

通信員 S

誰でも俳句 あなたも一句

俳句

・初盆や 線香花火 おむかえ火
 夏終わり 向日葵ぐったり 猛暑かな  
 清川分会 S・H

・温暖化 暦変われど 秋は来ぬ 
 松が谷分会 I・S

俳句

・車内にて 席をゆずられ 老いを知る 
 松が谷分会 Y・S

※年度末に大賞を決めます。受賞者にはクオカードを進呈します。皆さまからの投句をお待ちしています。